著者 柳美里
発行 河出書房新社
2020年、アメリカで最も権威があると言われる文学賞の一つ全米図書賞を受賞した作品です。
1964年東京オリンピックの前年、
出稼ぎ労働者として福島県相馬郡から上野駅に降り立ち、
一度は帰郷するも再び上京しホームレスとなった「一人の男」の物語です。
主人公は若い頃から出稼ぎで、いくら働き続けても貧しさから抜け出せない。
その間、最愛の息子と妻を失います。
私の父も出稼ぎをしていました。
子供の頃から「出稼ぎ」という言葉には胸に詰まるものがあります。
高度成長期には東北の若者たちが最初に降り立つのが上野駅でした。
今も当たり前のように上野駅を利用する人たちとホームレスが共存しています。
行政はホームレスを追い出す山狩り(特別清掃)をし、
オヤジ狩りをする若者も後を絶ちません。
渋谷区で64歳のホームレスの女性が殺害されるという
痛ましい事件が起きたのは記憶に新しいですが、
この小説は日本の貧困問題を提起し、
ホームレスの一人の男の悲哀と悲しく重い話で綴られています。
私は何度も本を閉じながら読んでいました。
著者は主人公の叫びを「共に苦しむ」ことによって、
居場所を失った人々に寄り添おうとしています。
東日本大震災から10年が経ち、
東京オリンピックを目前に日本は新型コロナウィルスにより
失業者は増え自分の居場所を模索している人が増えています。
弱者を切り捨てる土壌から生まれる不運なのかもしれません。
心から弱者にやさしい日本であることを強く願うものです。
文学の強さと美しさを感じた作品でした。